Jul 07, 2010

看護師求人が多いのは人手不足のもう一つの理由がある

看護師は人によると思いますが、比較的長い期間同じ場所で働くことはないと聞いたことがあります。その理由は、今よりもっと良い条件の病院に移ってしまうからだそうです。不況といっても、看護師の求人はたくさんヌンエハプニダ。看護師は医師と同じように、人手不足と言われています。そのため、看護師求人も多いものです。
西尾市の医師の求人がどれだけいることを確認してみました。ノゴンイ1件、常勤医師の求人が2つだけでした。西尾氏は今年4月に合併して17万人都市になっていますが、大きな病院は少なく、それに合わせて、医師の求人も不足しているようです。それでも、電車で40分、車でも40分ほど走れば、名古屋があるので、大きな病院には困りません。そんなところが、医師の求人が少ない理由なのでしょうか?
 【石垣】石垣市のみよし保育園(宮良長利園長)は19日、東日本大震災の被災地・宮城県石巻市にあるNPO石巻こども避難所クラブで役立ててもらおうと、同市出身で石垣市内に住む斎藤寛子さん(20)にこいのぼり71匹や笑顔の絵、支援金14万342円を託した。支援金やこいのぼりは同園が地域住民に呼び掛けたフリーマーケットで集めた。
 集めたこいのぼりのうち10匹は園児が作った。被災地に笑顔を届けるため、園児らが描いた満面の笑みの似顔絵がこいのぼりを埋め尽くしている。そのほかは学校や地域住民から募った。
 石巻こども避難所クラブは、同市内の被災地を回って子どもたちの面倒を見る団体。斎藤さんが働いていた絵画教室の教師が同クラブで活動しており、斎藤さんを通じて同クラブに届ける。
 市内の商店に勤める斎藤さんが、同園に子どもを預けている母親に「被災地に笑顔を届けたい」と声を掛けたことがきっかけとなり、フリーマーケットが実現。開催した16日は園児の親や地域住民がひっきりなしに訪れ、フリーマーケットの品やこいのぼり、似顔絵を提供した。宮良園長は「被災地の子どもが笑顔を取り戻してほしい。それだけの気持ちでみんな働いた」と語った。斎藤さんは「こんなに集まるとは思わなかったのでうれしい。しっかりと届けたい」と話した。

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 【宮古島トライアスロン取材班】「ワイドー」「おかえり」。総距離200・195キロに及ぶ過酷なレースを完走した強人たちが競技場に入るたびに大きな声援と太鼓の音が鳴り響いた。家族や恋人と手を取りゴールする人、横断幕を背に友人に囲まれゴールする人、被災地の復興を願う人。1346人の選手と約6千人のボランティアの思いがこもった大会は今年もたくさんのドラマを生んだ。
 「ワイドー東北、ワイドー仙台、元気と希望がとどきますように」と書かれたTシャツを着て出場した川瀬有子(あこ)さん(33)=宮城県出身=はゴール後涙をこぼした。「宮古島でこれだけの人が東北の復興を思ってくれている」。感謝の涙だった。
 4月から仕事の都合で宮古島市に移住しているが、3月11日は仙台市にいた。実家はライフラインが断たれ、生活するのが精いっぱい。練習どころではなかった。トライアスロン仲間4人は出場を見送った。川瀬さんも出場を迷ったが、両親が出場を後押しした。「今回ほど、トライアスロンができることに感謝したことはない」と言葉を詰まらせた。
 24日が結婚記念日の富川晃行さん(48)、由美子さん(48)夫妻=徳島県。2人で初めて出場した際にも完走した。何度か出場しているが結婚記念日に大会が重なるのは初めてで「今回は特別な気持ちで臨んだ」と晃行さんは由美子さんよりも一足先にゴール。由美子さんも無事完走し「記念の思い出になった」と笑顔で話した。
 木内勝明さん(53)=石垣市=は昨年に引き続き2回目の出場。「昨年初めて出場した時に島全体で応援するこの大会に感動した。今回は家族にもその感動を味わってもらいたかった」と今回は妻と娘も応援に訪れ、最後は3人でゴールし感動を分かち合った。
 制限時間の約5分前にゴールゲートをくぐった10回目の出場の寺本卓司さん(55)=大阪府=は「3分前にゴールしたこともあったので今回も制限時間内にゴールはできると思っていた。この大会は自分にとってライフワーク。来年以降もずっと出場したい」と意欲を見せた。

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 全盲の柳川春己さん(55)=佐賀県=が、伴走者と共に出場、自己ベストを大きく上回る10時間36分で完走した。宮古島トライアスロン大会に全盲の選手が出場するのは初めて。「宮古島に出てみたいという視覚障がい者に道が開けた」と喜んだ。
 宮古島は「いい大会」という評判を聞いていた。柳川さんは「沿道の声援も温かく、美しい自然も感じた。評判通りの大会。伴走をつけて出場させてくれた事務局の配慮に感謝したい」と話した。
 30歳を過ぎてからマラソンを始め、1996年のアトランタパラリンピック全盲マラソンで金メダルを獲得した実力者。2005年からはトライアスロンに挑戦し、これまでロングを6回完走している。
 そんな柳川さんがレース中に最も気を使ったのは「落ち着いてレースを進めること」。何か事故があれば「その後の視覚障がい者の参加が途絶える」と考えたからだ。
 スイムは左右に伴泳者がつき、コースから外れないようにサポート。バイクは2人乗り自転車で、互いに息を合わせてペダルをこいだ。スイム、バイク、ランの3種目通して伴走した平磯正吏(まさし)さん(47)=愛媛県=は、実力もあり、負けず嫌いの柳川さんの性格をつかみ、「厳しい伴走をした」という。柳川さんは「的確な説明のおかげで走る気合いが入った。思いやりを感じたレースだった」と振り返った。
 柳川さんの今後の目標は「パラリンピックのトライアスロンに出場すること」。宮古島でトライアスロンの魅力を再確認し、新たな目標に向かう。

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