Mar 29, 2009

卒業旅行の思い出の日本一周

大学最後の夏休み友達と旅行を組むことになった。卒業旅行の思い出の日本州に決定された。車は交互に運転しながら毎日を楽しく過ごす。ほとんどの宿を取らずに日帰り温泉に入り、車内で寝て過ごした。そんな卒業旅行の思い出の日本一周も終わり近くになってきた。青春とはマルウンイ卒業旅行だなと思った。また、いつの日かすべての旅行しようと約束した。
個人的な一党国内旅行をするときは、旅行会社のパンフレット、インターネットの旅行サイトなどを見て比較して決定を推奨する。特に、インターネットの宿ホームページは忘れてはいけない。旅行会社のパンフレットにも載っていないプランや価格が割り引かの実行計画も載っているからだ。これにより、安く国内旅行をすることが可能である。ぜひ宿泊先は慎重に選択している。
 菅直人首相は13日、首相官邸で記者会見し、今後のエネルギー政策に関し「原発に依存しない社会を目指すべきだと考えるに至った」と述べ、脱原発依存を進める考えを示した。その上で「計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもやっていける社会を実現する」とし、将来的には原発を全廃する「脱原発」の姿勢を鮮明にした。ただ、今後のスケジュールや政府内での議論の進め方など具体論についての言及はなかった。

 首相は、3月11日の福島第1原発事故発生前は原発活用の立場だったとした上で「最終的な廃炉に長い期間を要するリスクの大きさを考え、これまでの安全確保という考え方だけでは律することができない技術だと痛感した」と政策転換の理由を説明した。

 停止中の原発の再稼働については、原子力安全委員会が関与するとした政府の統一見解に沿って、首相、枝野幸男官房長官、細野豪志原発事故担当相、海江田万里経済産業相の4人で判断すると説明。「専門的な立場の皆さんの提起があり、それが大丈夫となれば4人で合意して稼働を認めることは十分あり得る」と述べた。

 当面の電力需給に関しては「必要な電力を供給することは政府の責務」と強調。今夏と年末については「必要な電力供給は可能との報告が耳に入っており、そう遠くない時期に計画を示す」とした。来年以降は「天然ガス活用なども含めて計画を立てていきたい」と述べるにとどめた。

 与野党内で臆測が出ている「脱原発解散」については「この問題で解散するとかしないとか、一切考えていない」とした。

 退陣時期では「(退陣表明した)6月2日の(民主党)代議士会、記者会見で真意を申し上げているので、それを参考にしていただきたい」と語った。

 また、原発再稼働を巡る政府内の混乱については「私の指示が遅れるなどしてご迷惑をかけた。申し訳ないと関係者におわびしたい」と改めて陳謝した。【田中成之】

 ◇退陣控え実行力に疑問

 菅直人首相は13日の記者会見で「将来は原発がない社会を実現する」と表明し、日本のエネルギー政策のかじを「脱原発」へと切る意欲を示した。退陣を表明している首相が国策の大転換を打ち出すのが異例なら、政府・与党内で議論や手続きを経ていない「個人的見解」を首相が発表するのも異例。原発を減らす具体的な手順や電力供給の見通しも示さず、「レームダック(死に体)政権」の実行力には疑問符がつく。

 「原子力政策の見直しを提起するのは、その時代の首相としての責務ではないか」。首相は東京電力福島第1原発事故が起きた時に首相だった「運命」を強調した。

 しかし、中部電力浜岡原発の停止要請や、九州電力玄海原発の再稼働延期が法的な根拠のない唐突な指示だったように、今回の首相発言も場当たり的だ。政策内容や方向性が正しくても、民主的な手続きを踏まない「独断」は「言いっ放し」に終わりかねず、与野党からは「パフォーマンス」との批判が出ている。【平田崇浩】

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【ふるさと便り】

 鳥取県境港市出身の漫画家、水木しげるさんの曾祖父が営んでいた廻船問屋が取引先に配ったPRチラシ「引き札」の公開が13日、同市の海とくらしの史料館で始まった。市制55周年記念の企画展「北前船と境港〜船が運んだもの〜」に合わせて市が石川県加賀市から借り受け、100年以上の時を超えての“里帰り”となった。8月17日まで。

 水木さんの曾祖父、武良惣平さん(1906年死去)は江戸時代末期から明治にかけて、境港で廻船問屋を経営。運航する北前船で弓ケ浜半島特産の伯州綿を全国に運んでいたとみられ、加賀市や兵庫県豊岡市などで名前入りの引き札が発見されている。

 今回展示されているのは加賀市の「北前船の里資料館」所蔵の2枚で、どちらも「船問屋 伯耆国境港 武良惣平」と記載。大きい方は縦52センチ、横37センチで日章旗と福助の図柄、小さい方は縦26センチ、横38センチで稲刈りや脱穀など農作業の様子がデザインされている。

 境港市教委によると、武良家の廻船問屋があった一帯は、昭和20年の玉栄丸爆発事故に伴う市中心部の火災で焼失。この火事では古くからの市街地が焼け野原となったため、北前船にまつわる資料は市内にはほとんど残されていない。

 武良惣平の名前は豊岡市の鷹野神社に奉納された港の方角を示す「方角石」にも残されている。

 入館料400円(高校生以下100円)。問い合わせは同館((電)0859・44・2000)。

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