Jul 15, 2009
監視カメラがなくても美しく、行動したいが
監視カメラというのは正直言って、写っている側では嫌いなのだ。時々後に監視カメラがあったことがわかり、私達の体を非常に反省がある。逆に言えば、私達の体を反省しなくてもよいように行動すればよいのですが、なかなかそうならないのだ。別に悪い事をするわけではないが、自分の姿が美しかったですか、しゃべり方が艶がないではないかなど、かなり自分の素行が気にかかる。私の住んでいるアパートには、いくつかの場所の監視カメラが設置されている。管理事務室のモニターで監視されているようだが、知っていても、思わず思わず監視カメラの前で変なことをしてしまうことがある。最も多いのはエレベーターの中。油断して男友達とですちゃちゃしたり、鼻ほじって。しかし、これは、悪意がないため、監視カメラを意識していないもので悪質な犯罪者には絶対に気になるもの。防犯意識を高めるために、私は監視カメラは必要だと思う。
林雄二郎氏(はやし・ゆうじろう=東京情報大学初代学長)29日、老衰による心不全のため死去。95歳。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。来年1月にお別れ会を開く予定。
未来学や情報社会論で知られ、経済企画庁在籍時に情報化社会を予見した。寄付やボランティアなどのフィランソロピー(奉仕活動)について研究したほか、日本財団で顧問を務めた。次男は作家の林望氏。
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昨年3月に公訴時効が成立した警察庁長官銃撃事件を巡り、警視庁に「オウム真理教信者による組織的テロ」とする捜査結果を公表されたことで名誉を傷付けられたとして、教団主流派の団体「Aleph(アレフ)」が、東京都と警視総監(公表当時)に5000万円の慰謝料などを求めた訴訟の第3回口頭弁論が29日、東京地裁であった。
都側は「(捜査結果で)容疑グループと特定したのは事件当時のオウム真理教の一部信者らで、アレフに対する名誉毀損(きそん)には当たらない」として請求棄却を求めた。
1995年に当時の国松孝次長官が銃撃された事件の公訴時効成立を受け、警視庁は昨年3月、オウム真理教元幹部ら8人を匿名で挙げて「容疑グループ」とし、教祖だった松本智津夫死刑囚(56)の意思で事件が実行されたとする捜査結果を公表した。
暴力団員による生活保護の受給申請を巡り、自治体に困惑が広がっている。
読売新聞の調べによると、厚生労働省が暴力団員の申請を却下するよう自治体に求めた2006年以降も、九州、沖縄、山口の県庁所在地や政令市の10自治体で暴力団員の申請が少なくとも155件相次いでいることが判明。県警に照会していずれも却下されるなどしたが、宮崎市では、暴力団を脱退した男性の申請を警察情報に基づき却下したことを違法とする判決があり、関係者からは「どう確認すればいいのか」といった声も上がっている。
「体がだるく働けない」。福岡市の福祉事務所を9月、40歳代の男性が訪れた。男性は、病気で援助を受けられる親族や売却できる資産もないと説明した。担当したケースワーカーに対し、男性は「長く暴力団に所属したが、破門になった」と話した。
しかし、福岡県警に照会したところ、「男性は現役の暴力団員」と回答があり、申請を却下。ケースワーカーは「入れ墨など目立った特徴もなく、見た目はごく普通だった。県警の情報がないと現役かどうかわからなかった」と話した。
九州、山口の各県庁所在地などによると、厚労省が暴力団員の申請を却下するよう通知を出した06年3月末?10年3月に生活保護の申請をした暴力団員は福岡市で47人、北九州市で35人いた。那覇、宮崎、山口各市では今年10月末までに、それぞれ少なくとも14人、30人、1人だった。
「県警は絶縁状などがないと脱退したと認めない運用をしており、暴力団情報は一度登録されると直ちに抹消されない。本人や近隣住民など関係者への確認調査をするべき」
10月の宮崎地裁判決はこう指摘し、宮崎市に対して警察情報に頼らない調査の徹底を求めた。男性は、09年11月?11年9月に計26回生活保護を申請。市はその度に本人や主治医、家族に聞き取り調査を行ってきた。「さらに住民への聞き取りまで求めるなんて。『暴力団員ですか』と近所に聞いて回ることはできない」と担当職員は話す。市は福岡高裁宮崎支部に控訴した。
指定暴力団工藤会の本拠がある北九州市の担当者も「現状では警察情報に頼るしかない。宮崎の判決は厳しすぎる」と漏らした。
松方康氏 78歳(まつかた・こう=元三井海上火災保険〈現・三井住友海上火災保険〉社長)27日、腎不全で死去。告別式は近親者で済ませた。喪主は長男、孝之氏。後日、お別れの会を開く予定。
徳弘勢也氏 89歳(とくひろ・せいや=元千代田化工建設副社長)28日、肺炎で死去。告別式は12月1日午前10時半、神奈川県小田原市栄町1の6の10湘和会堂小田原。喪主は長男、悦郎氏。
午前7時48分、公邸発。同49分、国会着。同50分、院内大臣室へ。同51分、地球温暖化問題に関する閣僚委員会開始。
午前8時11分、同委員会終了。同16分、閣議開始。
午前8時36分、閣議終了。同39分、同室を出て、同40分、国会発。同42分、官邸着。同43分、執務室へ。
午前8時44分から同57分まで、手塚仁雄首相補佐官。
午前10時9分、執務室を出て、同10分、官邸発。同16分、東京・虎ノ門の日本消防会館着。同17分、同会館内の控室へ。同25分、同室を出て同会館内のニッショーホールへ。同30分から同11時17分まで、東日本大震災消防殉職者等全国慰霊祭に出席。同18分、同所発。同25分、衆院第1議員会館着。同27分、同会館内の野田佳彦事務所へ。同39分、同事務所を出て、同41分、同会館発。同42分、官邸着。同43分、執務室へ。午後0時2分、執務室を出て首相会議室へ。
午後0時20分、同室を出て執務室へ。
午後0時51分、執務室を出て、同52分、官邸発。同54分、国会着。同55分、衆院本会議場へ。同1時2分、衆院本会議開会。同7分、衆院本会議散会。同8分、衆院本会議場を出て、同9分、国会発。同10分、官邸着。同11分、執務室へ。同18分、政府・民主三役会議開始。
午後2時4分、政府・民主三役会議終了。同5分、執務室を出て、同7分、官邸発。同8分、国会着。同10分、参院第2委員会室へ。同11分から同12分まで、安住淳財務相。同13分、同室を出て参院第3委員会室へ。同14分、参院財政金融委員会再開。
午後5時12分、参院財政金融委を途中退席し、同13分、国会発。同16分、官邸着。同17分、執務室へ。
午後5時31分、執務室を出て大会議室へ。同32分、「国と地方の協議の場」に出席。同37分、同室を出て執務室へ。同45分から同6時13分まで、手塚仁雄首相補佐官。 午後6時14分、古川元久国家戦略担当相が入った。
午後6時31分、古川氏が出た。
午後6時35分、執務室を出て大ホールへ。同36分から同47分まで、東日本大震災復興対策本部会合。同48分、同ホールを出て貴賓室へ。同53分、同室を出て小ホールへ。同54分から同7時1分まで、「予算編成に関する政府・与党会議」。同2分、同ホールを出て執務室へ。
午後7時11分から同18分まで、藤村修官房長官。同20分、執務室を出て、同21分、官邸発。同22分、公邸着。「沖縄防衛局長の発言は不適切だったとお感じか」に「…」。
30日午前0時現在、公邸。来客なし。(了)
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