Aug 10, 2011
車両交換時に、廃車になった愛車
また、10年以上乗ってきて、走行距離もかなり増えてきた愛車を車となっているとか一つで交換されることが多いのですが、そんな時に非常に高い確率で愛車が廃車になる運命にある。いったん取引形態を取ってくれるが、実際には愛車が廃車されています。また、寿命だから仕方ないことだが、非常に愛着があるので悲しいです。朝車で出勤途中の信号待ちをしているときに警察がいて、迂回するように指示していた。交通事故あったようだ。職場に到着した時だけで、自動車事故の話題が出ていた。ひき逃げ事故だった。翌日職場に警察が来た。昨日の交通事故の目撃情報を捜していた。チラシを職場に置いて行って、推測があれば連絡を与えることだった。
寒気の影響で蔵王連峰は3日午後、大黒天(標高1432メートル)付近からうっすらと雪化粧し、初雪となった。昨年の初雪は26日で、20日以上も早い。仙台管区気象台は悪天候のため初冠雪の観測は見送った。昨年の初冠雪は10月27日。吹雪状態となり路面が危険として、山頂の刈田岳(同1758メートル)に通じる蔵王ハイラインは3日午後2時半、宮城、山形両県を結ぶ山岳道路・蔵王エコーラインは同4時半から、それぞれ通行止めとなった。【豊田英夫】
10月4日朝刊
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仙台市議会は3日の各派代表者会議で、東日本大震災からの市復興計画の策定を、市議会の議決事項とする条例案を9月定例議会(24日まで)に提出する考えで一致した。市は月内の策定を目指しているが、市議会は9月議会終了後も審議する方針。【平元英治】
10月4日朝刊
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涌谷町の無農薬農家の黒澤重雄さん(63)が、栽培した新米4種の放射性物質検査を1キロ当たり1ベクレルから検出する最も厳しい「検出限界」基準で行い、4種とも「不検出」の結果を得た。「極め付きの安心米」との声が取引先から寄せられているという。
4種は「トヨニシキ」「ササニシキ」「ひとめぼれ」「みやこがねもち」。酒米の納入先の福島県郡山市の酒造会社の依頼で「1ベクレル検査」を求められ、横浜市鶴見区の厚生労働省登録検査機関「同位体研究所」で4種の玄米を9月末に測定。放射性セシウム、ヨウ素とも「不検出」だった。
国の指示による県の新米の放射性物質調査は一律に1キロ当たり20ベクレルが検出限界。黒澤さん自身が8月下旬に早稲種「おもてなし」を山形市の検査機関で測定した際は同5ベクレルが検出限界だった(結果は不検出)。1ベクレルの検査基準はかなり厳密な検査と言える。
黒澤さんの作付け面積は35ヘクタール。東京電力福島第1原発事故前に2度、トラクターで耕しており、田の稲わらを土中にすき込み済みだった。事故後は田の水を流し落としながらしろかきを3回行った。田植え後は3〜4回、水を流し落としながら高性能除草機を稼働させた。こうした対応で田土の放射性物質濃度が低く、玄米段階では精度の高い測定でも「不検出」につながったとみられる。
黒澤さんは「4品種とも5ベクレル検査を考えていた。1ベクレル基準では数ベクレルの数値が出るのではと不安もあったが、それも払拭(ふっしょく)できて喜んでいる」と話している。【小原博人】
10月4日朝刊
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◇仕事、進学、友達……移転先が拠点になり
南三陸町の戸倉小学校と戸倉中学校は東日本大震災の津波で校舎が損壊し、内陸部の登米市の廃校で授業を続けている。同町は来年度から町内に戻す準備を進めているが、子供たちの中には登米市の仮設住宅などで暮らし、そこで保護者が新たな仕事を見つけるなど生活拠点が移ったケースも少なくない。このため、町の担当者は「どのくらいの子供たちが戻ってくるか分からない」と頭を悩ませている。
南三陸町内では、他の学校も被災したり避難所になったため、適当な仮校舎が見つからず、町は両校を隣の登米市の旧善王寺小に移すことを決定。5月10日から戸倉小は82人、戸倉中は56人(8月26日現在)が登米市で授業を受けている。
両校では、児童、生徒それぞれ1人が犠牲になり、成績や授業のための資料、備品なども失ったが、心のケアを担うカウンセラーの配置などさまざまな支援策を講じたことによって、学校生活は落ち着きを取り戻した。
南三陸町は当初、10月には両校を町内の被災を免れた学校に間借りして戻す方針だった。しかし「頻繁に校舎が変わるのは子供のストレスになる」との声が保護者の間で強まり、町内に戻るのは来年度に先送りになった。
ところが、来春からの町内移転に向けた準備を進める中で、町に戻る子供の数がなかなか確定できない問題が浮上した。現在、両校には町内の仮設住宅からスクールバスなどで通う子供がいる一方、登米市内から通学している子供も戸倉小に29人、戸倉中に26人いる。高校進学などを考慮して、市内の学校への転校を考える保護者も増えているためだ。
登米市の仮設住宅から戸倉中に2人の子供を通わせる母親(42)は「娘は、友達2人が登米の学校に転校するので自分も転校したいと言っている。ここなら買い物などにも困らないしパート先も見つけた」と話す。
戸倉中の小野寺由美子教頭は「どのくらいが戻るか分からないが、地域の学校を残したい」と話している。【垂水友里香】
10月4日朝刊
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