Mar 24, 2009
監視カメラに犯人逮捕
現代の犯罪が非常に増加しています。治安がよく、日本というのは昔の話です。これに伴い、監視カメラが多く設置されています。最近は監視カメラに犯人を逮捕している場合が目にしてきました。監視カメラが多いつたのは、市民生活が監視されているようで、気分がよくありません。犯罪が増加している時代に、監視カメラですぐに犯人を逮捕するようになつたのは、に良かったが必要です。私の住んでいるアパートには、いくつかの場所の監視カメラが設置されている。管理事務室のモニターで監視されているようだが、知っていても、思わず思わず監視カメラの前で変なことをしてしまうことがある。最も多いのはエレベーターの中。油断して男友達とですちゃちゃしたり、鼻ほじって。しかし、これは、悪意がないため、監視カメラを意識していないもので悪質な犯罪者には絶対に気になるもの。防犯意識を高めるために、私は監視カメラは必要だと思う。
古代ペルシャから中国を経て日本に伝わった琵琶が「心の安らぎを求め、命を語る音楽」として注目を集めている。中心人物は薩摩琵琶の第一人者で、僧侶でもある関川鶴祐(かくゆう)さん(55)=奈良市坊屋敷町在住。関川さんは東日本大震災の被災地の学校などで演奏し、「被災者の“心”をうめる一助になりたい」と願っている。(野口東秀)
「『日本一の湖を明智左馬助光俊が乗切る様を見置いてぞ、武辺の語りに残せかし、いざや』と手綱かいぐり:」
10月下旬、東京都江東区の寒光寺。関川氏が滔々(とうとう)と歌いつつ、奏でる琵琶の音色が深遠に響く。最初の演目は「湖水乗切(こすいのっきり)」。
本能寺の変後、羽柴秀吉に敗れ命を落とした明智光秀の娘婿、左馬助光俊(実際は秀満のこと)が坂本城に迫る秀吉軍を突破して琵琶湖を馬で渡るという有名な下りだ。颯々(さっさつ)と浪を切って進む光俊の雲龍の陣羽織が陽光に照り輝き湖面を進むありようは、まさに龍が昇天するが如し。敵兵も見事な光景に茫然(ぼうぜん)としばし見送るばかりだった…。
「琵琶は、その音と語りに触れるとき、数千年のいのちをその響きから感じ取ることができると思います」。琵琶奏者のひと声の響きの中に語られる美しい言葉や、時代に生きた群像の心があらわされているからだ。
琵琶の原形は3、4世紀ごろにペルシャで使われていた楽器。日本には中国などを経て7、8世紀頃に伝えられたとされる。奈良時代、平安朝では四季をうたう「みやびの楽」として主に貴族や僧侶の間でたしなまれ、その後は戦国時代に生きた人々の心を伝える芸能として大成した。「本来の琵琶の姿を保っているのは世界で日本だけです」と関川さん。
琵琶でよく知られているのが小泉八雲(1850〜1904年)の「耳なし芳一」だ。平家の怨霊にとりつかれる物語。「これで琵琶=暗く寂しい、というイメージがあるようですが、間違い。実際は『生命力』を、『大自然と人間』という大きなものを表現しているのが琵琶なのです」
関川さんの演奏は力強く、仏堂を突き抜ける。観衆は微動だにせず聴き入ってしまう。
琵琶との出合いは8歳。「オーケストラよりすごい」。映画で流れた琵琶の音にこう感じた。高校生から邦楽に触れてきたが、19歳の時、「琵琶と尺八の曲を作って演奏してくれないか」と尺八奏者から頼まれた。「琵琶を2カ月間、猛特訓し何とか乗り切りました」
琵琶の巨匠といわれた鶴田錦史(きんし)(1911〜95年)に師事。29歳で日本琵琶コンクール第1位入賞、35歳で若い人材を発掘する大賞を受賞した。仏画の名手でもある。「描いたのは千体以上。震災で亡くなられた人の数だけ描く」と話す。
被災地を含め全国の幼稚園から大学まで、出向いて演奏したいと願う。
「大震災によって“いのち”の断層が生じました。過去−現在−未来を貫く一筋の“いのち”を琵琶の音と語りでお伝えしたい」
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TBS・MBS系人気時代劇「水戸黄門」の最終回スペシャル(12月19日、後7・00)の収録が、11日に京都市の東映京都撮影所で完了した。42年にわたる番組の歴史が幕を閉じたことに、最後の黄門役を務めた俳優・里見浩太朗(74)は「人生の流れのどん帳が下りたという気持ち」と涙ながらに寂しさを吐露した。55年の役者人生の約半分をともにした作品だけに、里見黄門は将来の“復活”への希望も語った。
番組開始から42年あまり、放送1200回を超える“国民的時代劇”が、ついに終わりを迎えた。長年にわたり使用してきた、東映京都撮影所のスタジオ内。旅の一行が宿泊する旅籠(はたご)で、悪の一味への対策を話し合うシーンが、歴史の締めくくりとなった。
直前に自身の最終場面を終えた里見は、万感の表情で「カット!!」の声を聞いた。強固な信頼関係を築いた助さん役の東幹久(42)、格さん役の的場浩司(42)とガッチリ握手し「また、どこかで仕事をしような」と語りかけると、2人は「はい」。無理に笑顔を作った3人だったが、目には熱いものが込み上げていた。収録後、里見は「黄門さまという立場で終えることができて、光栄に思っています。最後に名を残すことができて、うれしいなと…」と話すと、こらえきれず左手で涙をぬぐった。
出演者やスタッフと記念撮影し、花束を受け取った里見は71年、第3部から出演してきた。88年の第17部まで助さん役、02年の第31部から黄門役を務めた。59年には映画版で格さん役を務めており、黄門、助さん、格さんの3役をすべて演じた唯一の俳優。出演回数も700回を超え、55年の役者人生の約半分をともにした作品だけに「人生の大きな流れのどん帳が下りたんだなという気持ち」と寂しさを表した。
自身に“終わり”と言い聞かせてもあきらめきれない。番組の魅力を「脚本の中で、日本人の心を映し出してきた。最後まで日本人の心をつなぎ留めてきた作品」と解説した5代目黄門さま。慣れ親しんだ撮影所との別れを惜しみながら、「ヨーロッパの政治運動、民衆の力ではないけれども、そういうことが巻き起こってくれればいいなという夢は描いている」と将来の“復活”に思いをはせた。
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